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失敗事例から学ぶ労務管理

2020年08月18日

●失敗事例から学ぶ労務管理

 労務管理において、他社の事例は非常に参考になります。成功事例はもちろんのこと、失敗事例であっても自社が同じ過ちを犯していないか確認するために有用です。
 他社の失敗事例を「対岸の火事」ではなく、「他山の石」として自社の労務管理に役立てましょう。

◆参考裁判例 東京地裁判決平成30年9月20日(労働判例2368号15頁)

 この裁判例は、導入する企業が増えている固定残業代の運用を失敗した事例です。
 固定残業代とは、「定額残業代」や「みなし残業代」とも呼ばれ、あらかじめ残業代として一定額を毎月支払うものです。固定残業代が法的に有効になるためには、①残業代の趣旨(時間外労働の対価)として支払うことが雇用契約上明確になっていること、②基本給と固定残業代の部分が明確に区分されていること(区分明確性)、という2つの要件を満たすことが必要です。

 この裁判例の会社では、雇用契約書の時間外労働の欄に、
「時間外労働有
(基本給802円×8時間)
(基本給802円×1.5倍)×4時間(時間外労働)」
また、賃金額の欄に
「日給 1万3000円(日給は下記手当を含んだ金額)
 時間外手当 4812円
 無事故手当 1772円」
という記載がありました。
しかし、会社は雇用期間の途中から、「基本給」として月額40万円又は月額37万円を支給するようになりました。この基本給の額は雇用契約書上の日給に月の勤務日数を乗じて算出される金額とは整合していませんでした(失敗)。
 また、会社は裁判中で「基本給802円×8時間×月の勤務日数」により算出される部分以外は、すべて時間外労働の対価であると主張しました(失敗)。
 裁判所は、会社の主張に対して、賃金の支給状況が雇用契約書の内容と整合するものとは言い難いこと、会社の主張を前提とすると固定残業代が199時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当することになり労働者の勤務実態と大きくかい離することから、固定残業代は無効と判断しました。
 その結果、会社には約600万円の未払割増賃金と、約400万円の付加金(一種の罰金)の支払いが命じられました。

●失敗への対応

 固定残業代を導入する場合、就業規則、雇用契約書及び実際の支給状況のすべてが整合している必要があります。これらのいずれかでも齟齬(そご)していると、固定残業代が時間外労働の対価であることが不明確となったり、区分明確性が失われたりするため、固定残業代が無効となってしまう可能性が高いと考えます。
 したがって、固定残業代を導入する場合、就業規則、雇用契約書及び実際の支給状況のすべてが整合しているかを確認し、齟齬(そご)がある場合には修正することが必要です。

●失敗への対応

 会社は、「基本給802円×8時間×月の勤務日数」により算出される部分以外は、すべて時間外労働の対価であるとの主張にこだわった結果、固定残業代が一切認められず結果として莫大な残業代を支払わされることになりました。
 仮に、会社が上記主張にこだわらなければ、日給1万3000円のうち雇用契約書に時間外手当として記載された4812円は固定残業代であると認められた可能性は高いと考えます。
 上記裁判例の会社はどこで損切りをするか見誤ったためにかえって被害を大きくしてしまった悪い例です。問題が起こってしまった場合、被害を最小限にとどめるためどこで損切りをするかを慎重に見極め、勇気をもって戦略的撤退をする決断が時には必要です。

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